鐘霞み、一厘ほどの・・・



「爺ちゃ、春来たん」
「花満ちてきたよ、空霞んできたよ」
「爺ちゃ、春来たん。ねぇ、爺ちゃ、聞いとう」
 
「ふぁっ」
「爺ちゃ、寝てたん」
「ふぉっ、なんか言うたかいの」
「爺ちゃ、起きなば。春が、来たんと」
「見て、前の道。雪や氷、もうないよ」
「見て、軒先。つらら、もうないよ」
 
「何じゃ、春じゃと。どれ」
「そうじゃのう、後四、五日ってとっかのう」
「ねぇ、爺ちゃ、どうしてわかるん」
「ほら、向こうのお山に鐘楼 しょうろう があるじゃろ」
「あのお山の鐘楼のてっぺんに、昇って来たお天道さんがの、
ピッタリと重なったときが春の始まりじゃ」
「向こうの山の鐘楼、それどこ。鐘楼どこにあるん、見えんよ」
「見えない。そりゃ不思議じゃのう。わしんとこからはよく見えるがの」
「隣にいるのに、どうして、あたいに見えんの」
「はて、さて。もうじき春じゃからかの」
「ねぇ、爺ちゃ」
「ほい、今度は何じゃ」
「ねぇ、爺ちゃ。鐘楼って何」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 
「あっ、太郎さ達だ。おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
「ねぇ、太郎さ。春来たん。ねぇ、おイネぼ。あっ、行っちゃった」
 
「ねぇ、爺ちゃ。たまに思うんだけど」
「ほい、なんじゃね」
「太郎さや、おイネぼ、耳悪いと違う」
「また何でじゃね」
「あたいん事、無視するもん」
「そんなこと無いじゃろ。今だって。ちゃんと大きな声で、おはようと」
「だって」
「いいかの、彼等は忙しいんじゃ」
「なんで」
「山道や、野っ原駆けずり回らなきゃならんからの」
「どうして」
「どうしてって、それが彼等の仕事じゃからの」
「ふーん、仕事か。まだ小学生なのに大変なんだね」
 
 
「ほんに、温 ぬく とうなったの」
「春だよ、春」
「もう、笠や蓑が無くとも平気じゃのう」
「なんか背中むずっこい、これって春の知らせ違うん」
 
「相も変わらず、のんきなこった」
「げっ、蒼い風切り羽根。なんだ、虫の知らせの方か」
「最近、見かけんようじゃったが。どこぞに行っておったんじゃ」
「しょっと」
「こらっ、あたいの頭ん上乗んな」
「よいしょっじゃと」
「ここいらは、少しずつ春めいてきたが」
「あたいの頭で嘴 くちばし 研ぐな」
「空の上は、まだ真冬だぜ」
「はて、空耳かの」
「やっぱ、まだ冬なん」
「空の上はな。でもよ、どんなに寒かろうが、暑かろうが」
「だから、あたいの」
「それにしても、ここに来たって事はじゃ」
「空が一番だね」
「ねぇ、空、そんなにいいん。そんなに好きなん」
「ここが一番て、ことかいの」
 
「あたいも、飛んでみたいな」
「何言ってるんだ。おまえ等、地べたにいるから地蔵って言うんだぞ。
空飛んだら、空蔵になっちまうじゃねえか」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。うまいこと言うのぅ」
「このカラス、バチ当てっぞ」
 
 
「ひゃっ、こいつ糞 ふん 垂れたぞ」
「バカ言うなよ。どれ、ちょっくら、喰い物頂くぜ」
「おぉ、人に見つからんようにの」
「今背中にポタッて感じたもん」
「違うって言ってるだろう。んなこと言うと。ホントにするぞ」
「糞じゃなきゃ、何だって言うんさ」
「汗だよ、汗」
「裏に廻ってから、喰うんじゃぞ」
「それはだめ、それおイネぼが持って来てくれた給食の」
「どうせ、おまえにゃ喰えまい。腐らせるだけだよ」
「その通りじゃ。わし等の代わりに喰うとくれ」
 
「ありがとよ」
「げっ、コイツ礼言ったぞ。聞いた、爺ちゃ」
「いちいちうるさいヤツだな」
「カァ、カァ」
「なあ、じいさん。覚えてるか」
「なんじゃね」
「いつか、大空よりいい所へ連れてってくれるって」
「はて、そんな事言ったかいのう」
「そう言うと思ったよ」
「心配せんでも良いわ。いずれ、時が満ちたらの」
 
 
「爺ちゃ」
「ほい」
「見て、風切りの通った後」
「何じゃね」
「ポタッ、ポタッて。やっぱりコイツ糞垂れ流してる」
「おい、おい。飯喰ってる時に、んな話すんなよな」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
「汗とクソの見分けも着かないのか」
「さては、あたいのさっきのバチが当たったな」
「だから、石頭って言われんだぞ」
「なんだと、このピーピーガラス、悔しかったらカァーと啼けぇだ」
 
「ただいまぁ」
「あっ、おイネぼ。ねぇ聞いて。蒼い風切り羽根ったら、あたいのパン盗ったんだよ」
「はい、これ今日の分」
「ありがと。あっ、そこ置いちゃだめ。そこ風切りの」
「じゃ、また明日ね」
「垂れ流した跡・・・、だったのに。あぁあ」
 
「爺ちゃ。大変」
「なんじゃね」
「おイネぼ、ケガしとるんと違うん」
「また、どうしてじゃね」
「だって、ほらパンの端っこ赤くなっとるよ」
「夕焼けじゃろ」
「ホントだ、辺り一面真っ赤っかだ」
「じゃろ」
「ケガなんか心配するこた無いさ。ケガしてないガキなんて、見たこともない」
「まだ、いたん。風切り、もうパンやらんよ。ははっ、風切りも真っ赤っか」
 
「今日から蒼い風切り羽根やめて、猿のオケツ色の風切り羽根にしたらどう」
「こりゃ、つき合いきれんぜ」
「これこれ。気にせんといとくれ。なんせまだ子供じゃでの」
「おまけに、風切り、身体透けてきてるし」
「こうも、お寒い話ばかりじゃ、身体も縮こまるよ」
「なんか、急に冷え込んできたな。よし、空に戻るとでもするか」
「どれ、それじゃ、わしも行くとするかの」
「じいさん、あんたも飛ぶのか」
「約束じゃでな。おまえさんをとびきりの所へ連れて行ってやろう」
「一足先に、春の世界へな」
 
「心配せんでもいい。なんせ、それがわし等の務めじゃからの」
「務めって。ああ、今思い出したよ。そういや、あんた地蔵だっけ」
「まいったか、この赤ガラス」
「ってことは、ひょっとして」
「そう言う事じゃ」
「あっさり言うね」
「だから、わざわざここに来たんじゃろ」
 
「そろそろ行くとするかの、どこぞにでも寄っていくかね」
「オレのねぐら、あの鐘楼だったんだ。だから、ぐるっと」
「うわっ、爺ちゃ、空飛ぶん」
「ほう、まさに春の方向じゃて」
「小さいの、それじゃな」
「けっ、おとといおいでだ」
「準備は良いかの」
「ねぇ、空飛ぶん」
「よろしく頼むぜ」
「風切り、パンとっといてやっから。また明日ね」
「ありがとよ」
「げげっ。コイツ、また礼言ったぞ。からかっとんか」
 
 
「どうした、爺ちゃ。蒼い風切り羽根。二人とも、まだそこにおるぞ」
「空飛んでったんと、違うん」
「爺ちゃ」
「爺ちゃたら」
「風切り」
「爺ちゃ」
「ふぉっ、呼んだかいの」
「爺ちゃ、どこか行ったんと違うん」
「わしはここにおるぞ」
「よくわかんないや」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 
 
「そういや、おまえさんには初めての春じゃったの」
「うん。あたい、ここに来たのこの冬からだもん」
「初めての春か。春が待ち遠しいか」
「春になれば、氷が溶けて、雪も溶けて」
「草木も芽吹くしの」
「そして、あたいも溶けて」
「ふぉっ」
「柔らかくなって。そんでね、太郎さ達と駆け回るん」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 
「ねぇ、爺ちゃ。あたいも飛べるようになるん」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
 




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