秋を届けに



「お師匠様、いつまで寝てるんですか。いい加減目覚ましてください」
「ぬぉっ」
「ぬぉっ、ですって。まぁ、のんきなことで」
「み、水を」
「はい、どうぞ。それより仕事しなくていいんですか」
「なに、仕事じゃと。おお、そうじゃった。雲ひとつない、いい天気なもんでついな」
「雲の上飛んでますからね、上に雲がないのは当たり前です」
「ケッ、食えないヤツ」
「何かおっしゃりましたか、お師匠様」
「次の目的地に着いたのかと、聞いたんじゃよ」
「次の目的地ですか」
「ああ、そうじゃ。確か旭ヶ丘だか、夕陽ヶ丘だかじゃよ」
「とっくに、過ぎましたよ」
「まったく、安易な名前付けおって。もう少し個性的な名。えっ、通り過ぎたじゃと。何でおまえワシを」
「覚えてないんですか」
「何をじゃ」
「お師匠様、街の上で調子に乗ってボトルの中身ぶちまけたではないですか、確か二十本目の」
「なにっ、ワシがそんなもったいない事するはずないじゃないか」
「でも良かったですよ、地上にまいたのが酒で。もしアレが、ボトルの中身ではなくて、胃袋の中身だったらと思うと・・・・・・」
「うっ、確かに予定より残りが一本少ない。と言うことはじゃ」
「お師匠様。今度同じようなことが起きたら、本部に報告せざるを得ませんよ」
「と言うことは、一日あたりの割り当てを減らすか、ペースを上げて一日早く仕事を終わらせるかじゃの」
「聞いていますか、お師匠様」
「ええいっ、うるさい。チト黙っておれ。ワシは今一世一代の大決心を迫られておる所なんじゃ」
「いい加減にして下さい。酒と仕事どっちが大切なんですか」
「なんじゃと、それが師匠に向かって言う言葉か」
「いいですか、お師匠様。確かにあなたは師匠です、でもこの仕事の上では、私が上司なんです。職務上は私の方が遙かに上なんですよ。そして私の仕事は、お師匠様あなたの監視兼監督なんですよ」
「ほぅ、では聞くがの。そんなお偉いさんが、なぜワシの弟子なんぞになりおったんじゃ。是非とも知りたいもんじゃの」
「今まで何度か、あなたに殺意を覚えましたが、気のせいだと思ってました。でも今度は違う。気のせいなんかじゃない」
「都合が悪くなると、暴力に訴え出るか、えっ、若造よ。ワシに勝てるとでも思っとるんか」
「覚えただけですよ、訴え出る気はサラサラありません」
「ケッ、つまらんヤツじゃのぅ」
「公僕に諧謔は必要ありません」
「僕ちゃんは、肴代わりにもならんか」
 
 
「ところで、覚えているか」
「なんです」
「なぜ、そのお偉いさんがワシの弟子になったか」
「またその話ですか。たった一月前のことですよ、忘れる訳ないじゃないですか。と言うより、思い出したくもないですけどね」
「言ってみなさい」
「えっ、本当に覚えていないのですか」
「いいから、言いなさい。要点だけを端的にな」
「脅迫されたからですよ。弟子にならないと、同行を拒否すると」
「うっ、やはりやっちまってたか」
「確かその時は、三本目の空ボトルを振りかざしてましたっけ。未だ出発前だというのに。えっ、何かおっしゃりましたか」
「端的にと言ったんだ。では、重ねて聞く、なぜワシはおまえさんを弟子にしたのか」
「なぜって、単に成り行き上そうなっただけなのでは」
「ふっ、哀れなヤツめ。なんて薄っぺらなんじゃ、向こうが透けて見えるぞ」
「では、何か隠された理由があるとでもおっしゃるのですか」
「おろかものめ、隠された理由なんぞ無いわっ。おまえには、目の前にある燦然と光り輝く顕在化された理由が見えんのか」
「なんですと」
「もう、よいわ。おまえ、あの先にある山が見えるか。雲の上に先だけを覗かせているあの山じゃ」
「あれが、何か」
「ふむ、少なくとも目先は見えるようじゃの」
「要点だけを端的にお願いします。お師匠様」
「そこまで言うなら、要点だけを端的に、なおかつ簡潔に、んでもって」
「お師匠様」
「おまえは破門じゃ」
「へっ」
「間の抜けた声を出すなっ。あの山におまえを降ろす。後は好きにするが良い」
「なんということを。そんなわがまま通るとでも思っていらっしゃるのですか」
「おまえがワシの雲に乗っていられるのは、ワシのささやかな好意からじゃ。もう、好意も尽きたわぃ」
「いいですか、仮に私を破門できたとしても。私の監視下からは逃れられませんよ」
「この期に及んでまだそんな事を。そんなに監視したいのなら、山の上からでも眺めておれ」
「これは立派な背任、背反行為ですよ。本部に報告しないと」
「はっはぁっ、どうぞご自由に、ママにでも、パパにでも言いつけるが良いわぃ」
「あわわ、異端思想だ、反逆者だ、謀反だ。ああ、神様我が身をお守り下さい」
「ほいっ、呼んだかの」
「誰があんたなんか」
「ほほぅ、神様をあんた呼ばわりするとはな。異端思想の持ち主は一体どっちじゃ。管理能力の欠如からキャリアを棒に振っただけじゃ、足りないとみえるの」
「わっ、私が異端思想、管理能力の欠如」
「本人はどう思ってるのか知らないが、世間一般や、おまえの上司はそう判断するだろうな」
「そ、そんな」
 
 
「おまえさんの思ってるとおり、秋の先触れなんざ大した仕事じゃないさ。限られたごく一部の地域の更に限られた生き物しかワシの仕事に興味をしめさん。
「だからじゃ。ワシに監視も監督もいらん。ワシはワシで勝手にやる。かつて、そうであったようにな」
「よし、着いたぞ。んっ、どうした、今度はダンマリかぁ。さっきまでの威勢の良さはどこ行った。大看板背負ってないとなにもできんのかぁ。ひょっとして、おまえワシより勝手なヤツかぁ、ふぉっふぉっふぉ」
「ほれっ、師匠から愛する弟子への最初で最後の贈り物じゃ。迎えが来るまでそれでも飲んで待つ事じゃな。さぁ、とっとと降りた降りた」
「ふぅ、雲助よ重かったろう。やっといつもどおり二人きりになれたのぅ、と言うか、ワシ一人になれたの。よし、夏の名残を蹴散らしに行くか。ハイヨー雲助、目指すは南じゃ、ぶわっはっはっ」
 
「おっ、一人になったら何か調子良いのぅ。かぁーっ酒はウマイし、眺めは最高。こうなったら赤道越えて、春の先触れのヤツと飲み明かすかぁ」
「はっ、赤道越えるですと。北回帰線も越えられないクセして」
「なっ、なにをぉ。うわっ、おっおまえどこから沸いて出た」
「はっはっ、役人の底力なめんなよぉ」
「おまえ、大丈夫か」
「危ういところで、狸爺の老獪な口車に乗せられるところだった」
「おまっ、目座ってるぞ。おまけに、瞳孔開いてるぞ。さては」
「すんでのところで、マニュアル思い出したんですよ、秋の先触れの二番目の特技は心に秋風を吹かすことだってね、勿論一番は飲酒ですがね」
「一気に全部飲んじまったのか、ありがたみのないヤツじゃなぁ」
「雲の底つかんで、ココまでよじ登ってくるのに。こんなに時間るとは、ふぅ。うっウゲッ」
「あっ、バカ、おまえ下界に向けて吐くんじゃない」
 
 
「何とか落ち着いたようじゃの」
「もう、騙されませんよ」
「おまえ、ワシがおまえを騙したとでも思ってるのか」
「違うのですか」
「質問に質問で答えるな」
「都合が悪くなるとすぐそれだ」
「何だと、口答えするのか、おまえいつからそんなに、ってまさか」
「山ほど有るんですよ、少しでも荷を軽くした方が、素早く動けましゅよ」
「ましゅよって、おまえなぁ」
「どうでしゅ、ここらで一つ、私にそのやり方を。そうしゅれば、私が代わりに、その間師匠はお好きなように」
「ぎくっ」
「ぎくっ、って、ましゃかなんにも」
「おっ、前方に夏の名残発見」
「偉そうな事、言っておいて。実はただ適当に飛んでるだけ、なんて事ないですよね」
「全速前進」
「ほんとは、この雲助号でひたっけ、雲助号が全てやってのけてるとか」
「秋が来たぞ〜っ、夏の残滓よ覚悟せいっ」
「お師匠様、ねぇお師匠様ったら」
「それっ、突撃じゃぁ〜」
「答えてくださいよ、お師匠様ったら」


 
 
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