いつもどこかはいい天気



 三回続けて夢を見た。
 最初は、絵もなく、音もなく、光だけ。
 二度目は、絵が付いた。
 そして、三度目は僕を呼んでいた。
 
 
 そんなわけで、僕は旅に出ることにした。
 いつまでたっても沈もうとしない太陽を背に。
 まんまるの月を目指して。
 
 夕日があたりを真っ赤に染め、
長い影がまるで棒のように振り回される中を。
 空から、そして地面から、
容赦なく、押し寄せてくる熱波の中を。
 未来を目指して。
 
 僕の思い描いていた、旅立ちのイメージとは、
何かちょっと違うような気が・・・・・・。
 ひょっとしたら、全部かも。
 
 でも、お呼びがかかったんだから行かないわけには・・・・・・、って、
あれは、現実のことだったのかな、いや、夢のお呼びだから現実ってことないか。
 あれは、ほんとに、夢だったのか、えっ、夢なら従うことないのかな。
 現実、夢。違う、違う、実際そう、それでいい。
 あれは、実際起きたことなのか、もし間違いだったら。
 まあ、そのときは、そのときさ。
 
 
 この道を渡れば、この道を越えれば、
 もうそこは、見知らぬ土地、未知の世界。
 山は遠いのかな、高いのかな、それより、山はどこにあるんだろう。
誰も山の場所のこと、話してなかったな。
 まあ、お呼びがかからない連中には、わかるはずもないか。
 
 いざ、旅立たん。修行の旅へ。
 見事に、シッポが割れるまで。
 うっ、なんか痛そう。
 十個目の命を手に入れるぞ。
 ネコマタになるぞ、ネコマタになって・・・・・・。
 なって、どうするんだ。
 まあ、そのときは、そのときか。
 
 そういえば、山から帰ってきたヤツの話も聞いたことないな。
 やっぱり、ネコマタになれるまで山から一歩も出られないんだろうな。
 みんな、山を下りてからどうしてるんだろう。
 
 
 「いよっ、少年。朝っぱらから大声出して元気じゃのう。
世間じゃ、叫ばずにつぶやくから独り言と言うんじゃがの」
 「わっ。誰、いきなり驚かせないでよ。どこにいるの」
 「おう、わしか、わしなら今は道路の反対側じゃ、多分。いやまて、真ん中あたりか、
おっと、なんてこった、また反対側に戻されちまった」
 「何訳の分からないこと言ってるんだい、車ばっかりで、ちっとも見えないよ」
 「見るべきとこを見んから、見えんのじゃ」
 「なんか、長老みたいな言い方だな、ねえ、ひょっとして、シッポ割れてる? おじさんネコマタ?」
 「えっ、シッポがどうしたって」
 「シッポ割れてる?」
 「シッポ? シッポの先なら五,六個に割れてたが・・・・・・」
 「五,六個に割れてたって。すごい、修行に行く前に本物に会っちゃった」
 「・・・・・・もう、どこかに行っちまったよ」
 「えっ、ねえ、それってどういうこと、シッポなくなっても平気なの」
 「シッポには、心と魂とプライドしか入っちゃおらんぞ、まぁ、肉や骨もあるがな・・・・・・」
 「ふっ、深い。」
 「バランスを取ったり、狩りのときにも役にはたたんこともないが・・・・・・」
 「そんなこと、考えたこともなかったな」
 「犬なら、別の利用法もあるという話じゃが・・・・・・」
 「師っ師匠って呼ばせてもらおうかな」
 「世の中にゃ、シッポのないヤツもやまほどおるぞ」
 「そういえば、おじさんも、シッポなくしたって」
 「いいか、シッポなんざ、生きてるうちにしか役に立たないぞ。
所詮は便利な道具のひとつにしかすぎん」
 「痛かった?決闘したの、悪でも懲らしめたの、それとも、ヒーローに・・・・・・」
 「シッポにそれ以上の何かを求めるのは、ルール違反じゃぞ」
 「割れたシッポなくしたら。また、ただの猫に戻るの」
 「おまえはなぜそんなに、シッポにこだわるんじゃ、」
 「だって、割れたシッポはネコマタの証じゃないの」
 
 「ネコマタじゃと。おい、おい、わしをそんな子供向けの化け物と一緒にせんどくれ」
 「ば、化け物。ネコマタって化け物なの?」
 「しかも、おぼっちゃまむけのな」
 「しかも、おぼっちゃまむけなの」
 「空想の産物さ、希望的憶測と言えば聞こえはいいがな」
 「じゃ、じゃあ、おじさんは何者。そういえば声しか聞こえないけど」
 「また同じことを言わせるのか。それは、見るべきとこを見んからじゃ」
 「うわっ、今になってみれば、なんかむかつく言い方」
 「おぉ、そうか、どれが気にさわった。
ネコマタか、子供向けか、化け物か、おぼっちゃまか、それとも、わしは、他に何を言ったかな」
 「全部だよ。そこまで言うなら僕だってとっておきの一言、言っちゃうぞ」
 「ほぅ、こりゃおもしろそうじゃの。どれ、遠慮はいらん、言ってみぃ」
 「いいの、ほんとに言うよ」
 「わしゃ、誰の挑戦でも受けるぞ」
 「いいんだね。じゃあ言わせてもらうよ」
 「なんじゃ、なんじゃ」
 「いいっ。今は朝じゃなくて、夕方だよ」
 
 「おお、なんと、そうなのか。おまえさんは、夕方なのか。わしは、朝じゃぞ」
 「それって、僕らが勝手に決める事じゃないと思うけど」
 「まあ、それはそれで。ところでちょっと手を貸して欲しいんじゃが」
 「それはそれでって、今の問題は結局どうなったの」
 「今の問題じゃと。はてさて問題とは、おぉ、そうじゃった」
 「だいじょうぶかな。なんか、ひとりで遠い世界に行ちゃってるみたいだけど。
関わらない方がいいかも」
 「違う、違う。わしが行こうとしてるのは遠い世界じゃなくて、ちょっと先の川じゃぞ。
うまくいけば、海まで行けるかもしれんが」
 「うっ、聞こえてた」
 「とにかく、ここは暑くてかなわん。まだトタン屋根の上の方がましなくらいじゃ。
音だって耳がちぎれそうなくらいじゃし」
 「やっぱり聞こえてなかったのかな」
 「そういえば、耳もとっくにちぎれてなくなってたっけ」
 「えっ、やっぱり百戦錬磨の強者なの」
 「なんじゃと、百銭のレンコンの詰め合わせじゃと、ネコは野菜を食うたらいかんぞ。」
 「それとも、単なるアルツナントカ」
 「アルマイトじゃと、なんと、おまえさんは金物まで食らうのか。こりゃ、たまげた」
 「間違いない、アルツナントカの方だ。でも、まてよ。これが噂に聞く心理戦略ってやつだったら。
いや、そんなことはないな、うん、絶対に」
 「その、金物を噛み砕くアゴの力をちょっと貸してくれんかの」
 「そうか、むこうがボケるから、こっちが思わずツッコミを入れちゃうんだ。
てことは、むこうのボケを、ボケで返せば」
 「わしは、この道路の上しか動けんのじゃ」
 「わぉ、ボケが見つからない。タイミングをずらしたのかな、これって高等技術なのかな」
 
 「じゃから、その先の橋の真ん中あたりまで、わしをくわえていって」
 「そうか、師匠は師匠でもお笑いの師匠の方ほうだったんだ」
 「川に落として欲しいんじゃ」
 「今度は、オチの講義が始まっ、ええっ川に落とせだって」
 「できれば、一番深そうなところにな」
 「川。川って言ったら水のかたまりだよ。しかも、それが動いてるんだよ」
 「おまえさんに教わらなくても、川のことぐらい知っとるよ」
 「だって、水だよ、水。溺れちゃうじゃないか。死んじゃうよ」
 「ははぁ、おまえさん水が怖いんじゃな、泳げんのじゃな。情けないヤツじゃのう」
 「ネコだもの、当たり前だよ」
 「なるほどな、便利な常識じゃて」
 「本当に泳げるんだね。まさか、将来を悲観してって事ないよね」
 「何をバカな。わしは、一度で十分じゃ。また死にたいとは思わないぞ」
 「一度で十分、また死ぬ、心理戦略、ちぎれた耳、割れたシッポ・・・・・・」
 「とにかく、こっち側に」
 「やっぱりネコマタだ、間違いない。でも、どうしてこんなところで。
そうか、テストなんだ。ネコマタになれるかどうか試してるんだ。ふぅ、危うく気づかないとこだった。
 わかった、待ってて。車が途切れたら、すぐ行くから」
 
 「まっ、まずい」
 「えっ、どうしたの。なにかあったの」
 「人間じゃ、しかも子供じゃ、四匹もいるぞ」
 「平気だよ、師匠なら一撃で」
 「だめじゃ、わしには手も足も出せん」
 「それって、無益な争いは避けろってこと」
 「何を訳の分からんことを、しっ、しまった、見つかったか」
 「師匠!」
 
 
 人間の子供達が、道路の向こう側でかたまっているのが車の隙間から見えた。
ヤツらは、やがてしゃがみ込み。そして、しばらくしてから立ち上がった。
手に何かを持って。そして、走り出した。橋の方へ。
車が途切れた。ぼくも、走り出した。道の向こう側へ、橋の方へ。
 ヤツらが急に立ち止まった。
ボクは、ボクは、なんて事だ、勢い余って追い越しちゃった。
気が付けば、川を挟んで、橋のあっちとこっち。
あわてて止まって振り返ったとたん。
 ヤツらはボクめがけて、手に持っていたものを投げつけてきた。
 
 何か妙な形をした、薄っぺらなものがボクの方に飛んできた。
ボクはあわてて、土手から河原の方に避難した。
ヤツらは、何事もなかったかのように走り去っていった。
丸まった歯をむき出しにしながら。
 あれっ師匠は、と思ったその時だった。
ヤツらの投げたものが風にあおられこっちに向かってきた。
 
 「おぉ、少年よ来てくれたのか」
 「えっ、師匠なの」
 「うまく、風を捕まえることができた。おかげで川まで一飛びじゃ」
 「師匠、ネコマタじゃ・・・・・・」
 「ネコマタじゃとまだ、そんなことを言っておったんかい。
御覧の通りワシはただのネコ雑巾じゃ。いや、空飛ぶネコ雑巾じゃ」
 「ネコ雑巾って」
 「まっ、百遍も車にひかれりゃ、簡単になれるぞ。
おまえさんにゃ世話んなったな。
終わりよければすべてよし、いつもどこかはいい天気ってな」
 「うーん。やっぱりお笑いの方だったか」
 
 
 しばらく風に乗っていた師匠はやがて滑るように着水した。
ボクが急いで駆けつけたときには、もう遠くに流されていた。
 
 
 「おーい、大丈夫ー。生きてるー?」
 「おーぉ、こっちは、冷たくて、涼しくて快適この上ないぞぉー。
おまえさんも、いつか時が満ちたら川を下ってみんかぁ、きもちいいぞぅー。
その時までに、ちゃんと、泳ぎを覚えるんじゃぞぉー。
海で待っててやるからなぁー。
んじゃ、達者でなー」
 「ありがとうー、気をつけてねー」
 「なんと、アルマイトに木も付けろじゃと、凄まじい食欲じゃのう」
 
 
 なんか、今日はいろんな事あったな。
もう、すっかり疲れちゃった。
家帰ってゴハン食べて、寝よ。
そうだ、ねえ、アルマイトって知ってる。それって、ほんとに美味しいの?
 
 
 
 






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