「かぁーっ、いい風だねぇまったく。心の中まで洗われるぜ、えぇっ。そうは思んか。 やぁ〜ねぇ、よぉ〜りぃ、たぁ〜かぁいぃ〜」 「うっせぇんだよ。耳元でがなり立てるんじゃねぇ」 「なんだと、おまえ、それが父親に向かって言う言葉か。あぁん」 「けっ、何が父親だよ」 「また始まった。もう、二人ともいい加減にしてよ」 「うっせぇ」 「そうだ。おまえは黙ってろ」 「いつも、こんなんだから母さんが・・・・・・」 「ヤツのこたぁ、口にするんじゃねぇ」 「バカ野郎、オレ達に両親はいねぇんだ。忘れるな」 「このガキャ、まだそんな惚 とぼ けたことを」 「だから、もうケンカ止めてよ」 「なんだコイツ等。親を親と思わないその不遜な態度」 「だから何だってんだよ」 「いいか、オレは、おまえをそんな風に育てた覚えはないぞ」 「あたりまえだ。いつ、おまえがオレを育てたって言うんだ。オレは自分一人の力でここまでになったんだよ」 「うわっ、この野郎、遂にその禁断の句を発したな。んな事言ってると閻魔 えんま さんに舌引っこ抜かれるぞ」 「ばーか、舌なんぞ端 はな から無いよ」 「鼻もないけどね」 「おっ、ナイスなフォローだね。さすがオレの一の子分」 「子分、子分じゃないよ弟だよ、お兄ちゃん」 「バカ、両親もいないのに弟がいるもんか。弟ってのは弟分のことさ」 「じゃあ、父さんは親じゃなくて親分なの」 「ポッと出てきた正義の味方に、真っ先にやられるようなバカで情けない親分さ」 「うっ。なっなんだとぉ、このガキャァ」 「じゃあ、家の父さん悪者なの。知らなかったな」 「バカ、正義の味方があんな口の利き方するか」 「じゃあ、じゃあ。お兄ちゃんも悪者なの。おなじ口の利き方してるよ」 「ぶわっはっは。でかした息子よ。うん、おまえは何処ぞの誰ぞと違って賢いなぁ、真っ直ぐ育っているようだし。えっ聞いたか」 「けっ」 「いいか、息子よ教えてやろう。コイツがオレと同じ口の利き方をするのはな、正真正銘親子だからなんだ。おまえももう少し大きくなったら、同じ話し方になるんだ」 「えっ、僕もああなっちゃうの。うっ、今なんか悪寒が走ったような」 「はっは、なに心配はいらんさ、おまえはいい子だからな。あそこまでバカで下品にはなるまい。同じ子供なのに何処でどう間違ったのやら」 「じゃ聞くがな、だいたいいつからおまえはオレの親父になったんだ」 「まだ言ってるよコイツは、一体どこでそんな考えを仕入れてきたんだ。こいつが世に聞くガキンチョの反抗期ってやつかぁ」 「まだ親父面してるよコイツは。同じ所で同じ時に生まれたくせに、なぜおまえが親父でオレが息子なんだ。えっ」 「バカ野郎、一番デカくて、一番上にいるからに決まってるだろうが」 「んじゃ、おまえよりデカくて、おまえより上にいるあの物体は一体なんだ」 「わっ、お兄ちゃん鋭い、僕も前から気になってたんだ」 「ん、何だと。えっ、あぁ、あれか、あのビロビロか、あれはその」 「えっ、なんだって、良く聞こえないよ。ハッキリ言ってみな」 「あ、あれは、オレの親父だ。このクソガキが、おまえは自分の爺さんも覚えてないのか」 「こうやって、あんたの無意味にでかい図体を見上げてるとな、頭ん中空っぽだってのが丸見えだぜ」 「なんだと。聞きましたか父上殿。私のバカ息子があんな事を言っておりますぞ。ぜひ父上からも何か一言、あのバカ者に」 「バーカ、あれは口なんかきかないよ。あれは吹き流しって言うんだ。ただの飾り、景気付けさ。お袋もどきが、飛び出してったのも無理ないな」 「コイツ、やる気か。口だけは達者なようだが、足腰立たないようにしてやっても良いんだぞ」 「見りゃわかるだろ、足腰が何処にあるってんだ」 「はっ、手も足も出んのか。意気地なしめ」 「だから、手も足も無いって。なんだか、怒りを通り越して哀れに思えてきたよ」 「ねぇ、風弱くなってきたね」 「ああ」 「えっ、そうか」 「えぇぃ、うっとうしい。まとわりつくんじゃねぇ」 「風がないんだからしょうがないだろうが」 「二人とも、風がないと元気なくなるね」 「えっ、そうか。おい、絡みつくんじゃねぇ」 「愛情表現だよ。おまえ最近なんかイライラしてないか」 「あんたにだけは、言われたかないよ」 「ひょっとして、母さんがいなくなって淋しいんじゃないのか」 「それは、おまえだろうが。甘えんなら、オレじゃなくて。あんたの爺さんの方にしろよ」 「はっはっは、初 うい ヤツめ。あれはな、爺さんじゃなくて吹き流しというもんだ。ただの飾り、景気付けさ。どうだ、また一つお利口さんになった気分は」 「はい、はい。おい、今の聞いたかコイツ地獄の底まで学習能力無いぞ」 「そんなことより、何か変だよ」 「おっ、アホは無視しろってか。見かけによらずキツイね」 「かわいげのないヤツ」 「はっはっ、おまえもそう思うか」 「バカ、おまえに言ったんだよ。それにしても親に向かっておまえとはな」 「やっぱり変だ」 「あぁ、そんなに念を押さなくてもコイツが変なのは前からわかってるって」 「何か来るみたい」 「何か来るって、誰ぞの待ち人でも戻って来たってか。ええぃ、いつまでまとわりついてるんだ、おまえの腹しか見えねえじゃないか」 「おぉっ、あれはまさしく・・・・・・」 「母さんはいないみたい。見たこともないのはいくつかいるけど」 「だから、早くどけったら。オレにも見せろよ」 「・・・・・・まさしく、あれは。神風だぁ」 「神風だと、何じゃそりゃ」 「天 あま つ風吹くとき、雲の通ひ路 かよいじ 開け、鯉登りて龍と成るじゃ。ぶわっはっはっは」 「何言ってんだ。大丈夫か、こいつ。イッちゃったんじゃないか」 「風急に出てきたね」 「ふぅ、やっと視界が開けてきたぜ。それにしても変な風だな、何か吹き付けるって言うよりも吸い上げるって感じだな」 「バカ、だから神風だって言ってんだろ」 「バカだと、おまえにだけは言われたくなかったよ」 「おまえ、オレの言うこと信じてないな」 「おまえが言うから信じられないんだよ」 「ふんっ、おまえなんざ、一生その棒にしがみついてるのがお似合いさ」 「矢車がガラガラうるさくて何も聞こえないね」 「勝手にするが良い。信じる者は救われるって知らないな」 「お兄ちゃん。ほらあれ」 「えっ、どうした。なんだ、ただの旋風 つむじかぜ じゃないか」 「うおぉぉっ、出立の時は近いぞ。天よ我に力を、我に希望をぉぉっ」 「ホントに大丈夫かコイツ」 「なんか、こっちに向かってるみたいだけど」 「大丈夫かな、何か凄い事になってきたけど。どう思う」 「ぶわっはっはっは。ぶわっはっはっは。時は満ちたぞ。子供にバカにされ、妻に蔑 さげす まれ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、この日を待つこと幾星霜 いくせいそう 。遂に天は我に味方したぁぁっ」 「うっ。父さんイッちゃてる」 「かぁっ、気持ち良いねぇ。えぇっ、見てみろよ、身体がこんなにピンとなったぞ。こんな風、生まれて初めてだぜ」 「のんきだね」 「えっ、何か言ったか。ほら、オマケにシワ一つない。うーん、パンパンだぜ。こりゃ、ダイエット考えた方がいいかもな。うん。やぁ〜ねぇ、よぉ〜りぃ、たぁ〜」 「うわっ、お兄ちゃん、兄ちゃんてば」 「おお、なんだぁ、うるさいなあ、せっかくのいい気分の時に」 「大変だよ、見てよあれ」 「あれだと、あれってどれだ」 「ほら、父ちゃんの口」 「おっ、おぃ、おまえ今父ちゃんって言わなかったか。えっ、父さんじゃなくてさ。そう言えばさっき、お兄ちゃんからおの字が飛んでったような。コノヤロ、この風で被ってた猫飛ばされたな」 「そんなことより、父ちゃんの紐が」 「いいぞ、いいぞ。次は化けの皮でも飛ばすかぁっ」 「あぁ、だめだ。こっちも、イッちゃてる」 「おおっ、ついに、ついにこの時がやってきたぁ」 「んでもって、頭ん中も飛ばしちまえぇぇっ」 「あっ、父ちゃん」 「おおっ、やったっ。オレは、オレは遂に解き放たれたぞっ」 「おっ、親父、おまえ」 「バカ息子共よ、よおく見ておけ、これがオレの本当の姿だ。大空を自由に泳ぐオレの勇姿を目に焼き付けておけ」 「はっはっは、あれが勇姿だとさ。ヨレヨレになって、しかも、シッポの方が先頭になってるじゃないか」 「はっ、羨 うらや ましいか。近くばよって、目にも見よだ。あばよ」 「父ちゃん」 「しかも。しかもだと。おい、今の聞いたか、見たか。しかもだとさ」 「うわぁ、兄ちゃん」 「初めて使ったぜ、しかもなんて言葉。しかもだぜ、なぁ、使い方間違ってないよな。まっ、いっか、んなこたぁ。祭りだしな」 「龍になって、戻ってきたら、真っ先におまえ等を喰ってやるから、それまでいい子でいるんだぞぉぉっ」 「祭りだ、祭りだぁ」 「兄ちゃん、兄ちゃんてば、返事してよ」 「兄ちゃんて言うな」 「だって、兄ちゃん」 「いいか、オレは今、一番デカくて、一番上にいる。だから、今からオレが親父だ」 「はい、はい。じゃっ、お父上殿」 「おまっ、バカにしてんのか」 「いいから。あそこのドブ川見てよ。あそこ流されてくの、お父さん、いや、前の、さっきまでの、お父さんじゃないかな」 「おっ、確かにあのぶさまな姿は。おーい、バカ親父。おまえ、天に昇って龍になるんじゃなかったのか。んなとこで、何してるんだぁ」 「うっせぇなぁ、気が変わったんだよ。空はな、お天道様に近い分暑くってな。それにな、天に昇って天龍になるなんざ、ありきたりだからよ。少しでも涼しい大海原に出て、海龍になることにしたんだよ。はっは、うらやましいか。んじゃなっ」 「おい、さっきの旋風どこに消えたかわかったぞ」 「えっ、ホント」 「間違いない、旋風はヤツの脳のミソに巣くったぞ」 「ふふっ」 「相も変わらず冴えてるねオレは。えっ、ふふっだと。おまえ今、鼻で笑ったな」 「笑ってなんかいないよ」 「きゃはははっ」 「今度は、確かに聞いたぞ。きゃはははっだと」 「だから僕じゃないよ。だいたい僕がそんな笑い方するわけないじゃないか」 「なんだと、この期に及んで」 「だからぁ。あっ。にっ、兄ちゃん、上、上」 「上だぁぁ」 「母ちゃんのいたとこ」 「えっ」 「おハロー」 「おっ、おハローって。おっおまっ、んだぁっ」 「一時はどうなるかと思ったけど、どうやら落ち着いたようね」 「気持ちいいね、まさに五月晴れだ」 「新しい母さんも出来たみたいだし」 「やだぁ、母さんだなんて。だって私さっきまで一番下にいたのよ。せめて、姉さんってことで、ねっ」 「んなこた、どうでもいいんじゃないか。でも良かったな、ここに引っ掛かって。でなけりゃ今頃、何処ぞの誰ぞのように、どぶ川一直線だったぜ」 「さっきまでの大騒ぎがまるで嘘みたいだね」 「信じる者は救われるってかぁ」 「ホントに平和ね。空もすっかりきれいになって」 「さっきの風で、ゴミや埃みんな飛んでっちゃったからね」 「粗大生ゴミもな」 「えっ、粗大生ゴミ。粗大ゴミなら聞いたことあるけれど、何それ」 「何でもないよ、姉さん。気にしない、気にしない」 「そう言うこと、気にしない」 「ふふっ。仲良いのね、二人とも」 「これって、終わりよければすべて良しって言うのかな」 「まさにしかり」 「風がとっても爽やか、気持ち良い」 「新芽の香りがする」 「ええ、そうね。薫風ね」 「なべてこの世はこともなしってとこかな」 「ふふっ」 「はははっ」 「ぶわっはっはっ」 |