『 舞い降りる小春日に抱かれて 』


 

「ったく、寒いったらありゃしねぇ。おまけに死にそうなくらいハラァ減ってるし。
それになんだ、外覗いて見りゃ、辺り一面真っ白で・・・・・・」
「って、おい、ちょっと待っとくれ。今、オレ独り言、言ってなかったか。
辺り一面真っ白でってこたぁ、目も開いてるんじゃないか。」
「て事はっと・・・・・・、うわっ、なんてこったい。目が覚めてる。起きちまったて事か」
「こんな、冬のド真ン中に目が覚めるなんて、一体どうしちまったんだ」
「あぁあ、アホらし。寝よ」
 
 
「うっ。眠れねぇ。寒いし、ハラ減るし、静かすぎる」
「音が雪に吸い込まれて何も聞こえて来ねぇ。
うるさすぎるのもなんだが、静かすぎるのも困ったもんだぜ」
「寝よ」
 
 
「だぁーっ。だめだ。どうしても眠れん」
「無理もないか、冬前からずっと寝てたんだ。もう十分すぎるくらい寝てるもんなぁ。
でも、まだ春は遠そうだしなぁ」
「痛ててて。足が痺れてうまく動かねぇや。それにしても、恐ろしく狭っ苦しい所だねここは。
一体どうやって潜り込んだんだ、こんな所へ」
「身体も寝過ぎですっかり鈍っちまったようだし」
「すこし動きゃ、また眠くなるかな。ついでに喰い物も探せば、一石二鳥てヤツだな」
「さすが、見かけ通り賢いねオレは」
「よしっ、決めた。こんな穴蔵でウジウジしてても始まんねぇ。ここは一つ散歩でもすっか」
「うわっ、眩しい。お天道さんが雪に反射してこりゃまるで光の洪水だぜ」
「オマケに、この間まであんなにデコボコしてたのに、今じゃ真っ平らじゃねえか。
って事は何かぃ。歩いた途端ズボッてきたりしてな」
 
 
 
 
「誰だっ、こんな所に落とし穴なんぞ作ったヤツは」
「って。そうだ、オレだよ寝てる間に襲われないようにって、てめぇで掘っといたんだよな。
まさか自分ではまるとはな、ったくシャレにもなんないぜ」
「いやいや、怒っちゃいけねぇ。これもオレ様の賢さの証さね、いわゆる所の先見の明ってヤツだ。
今はたまたま起き抜けで寝ボケてただけなんだ」
「それにしてもなんだぃ、オレの寝床よりでけぇじゃねえか。
こんな事になんなら、寝床の方を広げりゃ良かったかな」
 
 
「っこらしょっと。かぁぁ、空気がうまいね。下界もまだ捨てたもんじゃないさね」
「っと、この時期にゃ、いつも寝てたから気付かなかったが、
物の見事に何にもねえなぁつったって、冬のド真ン中だからしかたねえか」
「それにしても何だね、オレさっきから独り言、言い放しじゃないかぃ。
けどさ、ここ何ヶ月も誰にも会ってないし、しゃべってないしって、寝てたんだから当たり前か。
まっ、非常時だから、独り言も良しとしよう」
「って、誰に言い訳してるんだぃ」
 
 
「どれ、少しうろついてみるか」
「でもよ、自分の動作を一々声に出して確認するって言うのは、
ボケが入ってるって聞いたような気もするが。オレまだそんな歳じゃないけどな」
「っと。危ない。起き抜けと空腹で足元がふらつきやがる」
「なんだ、そうか。ボケはボケでも寝ボケの方か。安心したぜ」
「けど、この年でボケたらどうなるんだ、えっ。喰い物求めて山ん中ウロつきまわったりしてな。
おぉっ、んじゃぁ、今と同じじゃねぇか。って冗談だよ、冗談」
「こう寒いと、冗談にまでツララが生えて来やがる。うぅん、空きっ腹に聞くぜ」
 
 
「生き物がまるで見当んねえな。この時期じゃ木の芽も出てるわけないし。
喰い物ったら、木の葉か皮か根っこあたりか」
「根っこは雪の下、皮は見たくもねぇ。となると葉っぱか」
「おいおい。この辺の木は葉っぱてもんを、どこにやっちまったんだ。
そうか、雪の下にでも隠してやがるな」
「とりあえず、手近な木を蹴って雪を落としてみるか」
「おまえ、ひょっとしてオレが落ちてきた雪を頭から被るのを期待してないかぃ。
おあいにくさま、さっきも言ったとおり、オレは見かけ通り賢いんだよ。
って、誰に向かって喋ってるんだ、オレは」
 
 
「こうやって枝振りをよく見極めて、反対側から、一気に、てぇいっ、っと」
「ぐぎゃー」
「うぉっ、どうした、何が起こった。木が叫んだぞ」
「うぁっ。地震だ、火事だ、雷だ、この世の終わりがやって来たぁっ」
「どっ、どうした」
「うぁ、うぇ、うぉ・・・・・・」
「だから、どうしたってんだ。一体何が起きたんだ、訳が分からんぞ」
 
 
「傍観者のふりしやがって。さてはテメーのせいだな。この、っそたれ」
「っせーな。そうキンキン声張り上げるんじゃねぇ。どこでわめいてるんだ」
「どこにいるだと。それがわかりゃ、騒ぎはせんわい」
「いいから、落ち着けよ。も一度聞くぞ。どこ騒いでるんだ」
「上から下まで、右から左まで、辺り一面真っ白で、ここがどこかなんて」
「ははぁ、さては、雪に埋もれたな。よしっ、助けてやろうじゃないか」
「早くしとくれよ」
「だいたいだなぁ、雪の積もった木の下なんざ歩くからいけないのさ」
「いつ、誰が、この寒空の下を歩いたってんだ」
「じゃあ、どうして雪に埋もれてるんだ」
「んなこたぁ、知るかぃ。こっちは、ほんのさっきまで気持ちよく寝てたんだ。
したら、突然、寝床から投げ出されたんだ。一体、何が起きたんだ」
「ってことは、何かい。オレが蹴っ飛ばした木にいたってのか。間が悪いヤツもいるもんだねぇ」
「何か言ったか。よく聞こえないんだよ、ここは」
「大声で喋り続けてなって、言ったんだよ。声を頼りに探すから」
 
 
「おっと、ここに穴が開いてらぁ、さてはここだなっと」
「痛てててて、こら、乱暴に扱うんじゃねぇ」
「なんだぃ、リスじゃねぇか」
「そういうおまえはクマか、クマが何でこんな時分にほっつき歩いてるんだ」
「目が覚めちまったんだよ、んで、気分転換にちょっとな」
「てことは、オレ様を放り出したのはおまえか」
「悪かったな、おまえが眠ってるなんて知らなかったんだ、許してくれ」
「てやんでぃ」
「ほらっ、いいから早く手の上に乗んな。もとのウロに戻してやるぞ」
「そりゃ、かたじけない」
「気にすんなよ、どうやらこうなったのも、オレに原因の一部があるみたいだしな」
「一部だと、この期に及んで何を」
「いいって事よ」
 
 
 
「うわぁ、痛てててて。こらっ、急にどくんじゃねぇ。手噛んじまったじゃねぇか」
「バカヤロー、どかなきゃ。おまえに喰われてただろうが」
「うっ、ばれてたのか」
「ばれないとでも思ったのか、このウスラトンカチめ」
「何をっ」
「けっ、大男総身に知恵が回りかねって、まさにこの事だね。まっ、せいぜい頑張っとくれ。
あばよっ」
「行っちまいやがった。それにしても口の悪いヤツだね。
突然のことで返す言葉も思いつかなかったぜ」
 
 
「さてっと。どこへ行こう。っと、その前にアイツの巣でも覗いてみるか。
いくらバカでチビで口の悪いリスだって、ドングリの10個や20個ぐらい貯め込んでるはずだ」
「こりゃまた小さい穴だな、手やっと入る位だな。
って事はよ。中で物掴んだら抜けなくなったりしてな、ってオレはエテ公か」
「おっ、あった、あった、小さくて丸くてコロコロしてるしてる。
なんだぃ、結構隠し持ってるじゃないか。みかけどうりセコイヤツだったんだな。
どれ手は抜けるかな」
「よいしょっと、おぉ、抜けた抜けた。そんじゃぁ、早速ゴチになりますか」
「いただきますよって、何だ、こりゃ。こいつぁ。クソじゃねぇか。
あんにゃろう、最後までコケにしやがって」
「だいたいテメーの巣にドングリじゃなくてクソ貯め込むリスが何処ぞにいるんじゃ。
クソぐらい外でしろって。だいたい衛生的に良くないだろうが」
「んとにっ。んなバカなこと続けてたら、この先一体どうなっちまうんだ」
「なんだか、どっと疲れが出ちまったな」
 
 
 
 
「ううむ。雪の野っ原がでかい寝床に見えてきた。どれ。ここらでちょっと一休みでもすっか」
「っこらしょっと。辺り一面の真っ白の中に、真っ黒のオレ様がこうやって寝っ転がっていたら、
上から見たらさぞかし目立つだろうなぁ。スズメかカラスが間違えてつつきに来ないかなぁ」
「そしたらよ。喰っちまうんだけどなぁ。でもよ、もしタカが来たら、チト面倒だな」
「タカ、タカだと。思い出したぜ。小男の総身の知恵もたかが知れだ。
うわぁ、何で今頃思い出すんだ」
「ホントにあのリスめ、今度会ったら、いや、二度と会わんぞ。
それどころか、たった今記憶の中から消し去ってやる。どうだ、まいったか、バーカ」
 
 
「それにしても、オレはこんな時にこんな所で一体何してるんだろう。まっ、いっか」
「かぁ、空が青いね。オマケに広いや。それに、思ってたほど寒くないじゃねぇか。
お天道さんの光がまるで、月明かりみたいにふんわりと。気持ちいいねぇ・・・・・・」
「・・・・・・おっと、うたた寝してたみたいだな。
こんな所で、うたた寝して凍え死んだりでもしたらいい笑い者だ。しかたない、そろそろ帰るか」
 
 
「うわぁあ、だめだ。どうしようもなく眠くなってきたぞ・・・・・・」
「こりゃ、家まで保ちそうもないな。どっか、適当なとこ見つけて・・・・・・」
「いけねぇ。雪の上に長いこと寝っ転がっていたせいか、また寒くなって来やがった」
「急いで何とかしないと、シャレになんえぇぜ」
「それにしても眠いな」
 
 
「おっ、ちょうどいいとこに穴があらぁ」
「こいつぁ、かなり小せぇな。でも、この際贅沢は言ってらんねぇな」
「ちょっくら、ごめんよっと」
「うわぁ、こりゃ、狭いを通り越して、きついだね」
「なんか、足の方がはみ出してるような気もするが」
「っこらしょっと。だぁっ、もう少し」
「うっ、何だ、何か柔らかくて生暖かい物が」
「うぐぇ」
「うぐぇ、うぐぇだと。なんだ、どしたんだ」
 
 
「こんどは、ウサギかよ。そうか、ここはウサギの巣か。どうりで狭いはずだよ」
「でもよ、リス相手にあれだけ疲れたんだ、この上ウサギの相手までしてられるかってんだ」
「どれ、ここは一つ。いいかウサギよく聞け。
ここは、たった今、まさにこの瞬間からオレ様のねぐらだ」
「わかったな、わかったらとっとと出て行きやがれ。えーいっ」
 
 
「ふっ、耳掴んで、放り投げたらあんな遠くまで飛んでいきやがった」
「おーい、どうだウサギ。生まれて初めて空飛んだ気分はー。
地面跳ねてるより気持ちいいだろうがー。悪く思うなよなー。たっしゃでなー」
「はぁ、また余分な体力使っちまったぜ。さっ、寝よ」
 
 
 
 
「っこらしょっと。よし、これで何とか落ち着いたかな」
「それにしてもさっきのウサギ、よく飛んだな。今頃、月にでも着いて、餅でもついてるんじゃないか」
「餅だと、いけねぇ、寝床確保したらまたハラ減ってきた」
「だぁっ、いけねぇ。さっきのウサギ喰わずに、放り投げちっまったじゃないか」
「ったく、何やってるんだろうねオレは」
「まっ、いっか。んじゃ、おやすみっと」
 


 
 
 
 
 
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